“癒し”や“家族の再生”をテーマに歩んできた私の小さな物語です。
家族のきずなを結びなおす旅
母を救いたい一心で選んだ道が、家族の皆んな絆を結び直し、
私自身の人生をも大きく変える旅になるとは思いもしませんでした。
宮崎の自然が教えてくれた“いのちの喜び”
私は生まれてすぐ、両親の仕事の都合で母方の祖父母に預けられ、
5歳まで宮崎の大自然の中で育ちました。
川のせせらぎや木々の音、土と風の香りに包まれた幼少期は、
私の心に「自然と共に生きる喜び」を深く刻みました。
都会での暮らしがはじまって
その後、柔道整復師と鍼灸師として活躍していた両親のもと、大阪へ。
都会の暮らしに違和感を覚えながらも、
幼い頃から両親の働く姿や、その後の離婚という現実を見つめる中で、
反面教師として私は「両親とは違う道を歩もう」と決意し、食の世界へと進みました。
母を救いたい ― すべての始まり
しかし母が、福島原発事故(3.11)の影響を受けた魚を口にしたことをきっかけに、
体調を大きく崩し、食べることや話すことさえ難しい状態になってしまいました。
そんな母の姿を前に、「今、私ができることは何か?なんとか力になりたい!」という想いが
湧き起こり、その想いが私の背中を押しました。
癒しの学びが導いた“再生”
そこから母の心と体を癒し、戻すための学びと実践の日々が始まりました。
不思議なことに、母を癒し戻す過程で、私自身の心と体も深く癒され戻されていきました。
反面教師が壁となり、今までなかなか素直に伝えられなかった「母への愛」を表現できるようになり、
次第にお互いをありのままに受け入れ合える関係へと変化。
今では、母は見違えるほど元気を取り戻し、整骨鍼灸院を現役で続けてくれています。
再び結ばれた家族の物語
母の心が解放されたことで起きた奇跡。 37年間離れていた父と、87歳にして復縁し、
人生のラストスパートを再び2人寄り添って歩むことになりました。
その瞬間、私は心から思いました。
「この道に進んで本当によかった」と。
食の世界から施術の世界へと移行しましたが、お陰で食の大切さも更に深まり、
より心と体の整えに繋がる食材選びから見直して、時代に合った新しい食生活も送っています。
こうして両親の再会までの奇跡が私の人生を愛と癒しの道へと導いてくれました。
Heart Flow ― ハートからながれる生き方へ
私の原点。母の治療院で過ごした時間と、
ここから始まった“癒しの道”。
私のそばには、いつも母の背中がありました。
治療院の空気、手のぬくもり、そのすべてが、今の Heart Flow の原点です。
今は母を通して学んできた施術を活かして、
皆様の本来の健やかさと輝きを取り戻していくお手伝いをしています。
NAMI(Heart Flow 主宰)

どうぞ宜しくお願いいたします。
